T-NEXTの平野邦久です。
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて延期となっていたプロ野球の開幕が目前に迫ってきました。
3か月遅れの球春到来。
当面は無観客試合となり観客の声援がなくなったことにより、いつも観ていたプロ野球とは違う独特の静けさの中、バットでボールを打つ瞬間の音、キャッチャーがボールを捕る瞬間の音、そして選手たちの元気な声を耳にすることができます。勝利の輝き目指して各地で繰り広げられる熱戦が待ち遠しくて仕方ありません。
ところで、昨今「野球人気低下」というフレーズを耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
プロ野球同様に全国リーグのあるサッカー「Jリーグ」やバスケットボールの「B.LEAGUE」はもとより、昨年、W杯で列島を熱狂の渦に巻き込んだラグビーの「トップリーグ」や卓球の「Tリーグ」など、野球以外のスポーツが人気を博していることが要因の一つでしょう。また、ライフスタイルが多様化したことでテレビの地上波で野球がメインコンテンツではなくなり、日常的に目にする機会が減ったことも関係しているのかもしれません。
しかし、野球を「観戦する人」と「プレーする人」にわけ、「観戦する人」に限ればプロ野球の観客動員数は増加し続けているのです。昨シーズンも史上最多を更新し、日本野球機構の発表によれば2653万6962人(1試合平均30,929人)が球場に詰めかけました。
その中でも、2019年に球団史上最高の観客動員数228万3524人(主催72試合)を記録したのが横浜DeNAベイスターズです。本拠地「横浜スタジアム」(通称「ハマスタ」)における座席動員率は98.9%、チケット完売数は71回を記録しました。2011年12月、親会社であるDeNAがTBSから球団を買収し、横浜DeNAベイスターズ(以下ベイスターズ)が新たな歴史にその名を刻みました。2011年から2019年までの観客動員数と順位の推移は以下の通りです。
DeNAが球団を経営するようになった2012年度から、中畑清監督、アレックス・ラミレス監督というファンサービスを大切にする明るく発信力のある指揮官のもと、観客動員数が急激な右肩上がりであることがわかります。ここ数年は3位以上のAクラスに定着してきましたが、当初は最下位争いをしていたにも関わらず観客動員数を伸ばし続け、「勝たなければファンは球場に来てくれない」という古い常識を見事に覆しました。
人々はなぜハマスタに集い、熱狂するのでしょうか。
ベイスターズはどのようにしてファンを楽しませているのでしょうか。
洗練された“横浜”に密着し球場や街で展開してきた策から、軸の通ったそのブランド戦略の一端をご紹介したいと思います。
ターゲットの明確化(STP分析(注1))
ベイスターズはまず、ターゲットを明確化することから始めました。
これは、市場の細分化(マーケットセグメンテーション)を行った後、その市場に対してターゲットを絞ってマーケティングを展開するためです。
製品やサービスを市場にアプローチするにあたって、具体的な顧客層を選定することによって、製品のコンセプト、強み・弱み、競合との差別化等に有効なマーケティング戦略が立てやすくなるのです。
ベイスターズは、チケット販売、ファンクラブのデータなど複数のデータを分析し、メインターゲットを「30代を中心としたアクティブサラリーマン」としました。
「アクティブサラリーマン」とは、仕事や金銭面で一定の余裕が生まれ、多様な趣味にアクティブに取り組む男性の総称です。
彼らは、平日の仕事帰りに同僚と居酒屋のテレビで中継を見るような感覚でふらっと球場に足を運びます。
プロ野球は全ての試合に勝つことは難しく、どんなに強いチームでも勝率7割程度であるため、コアなファンにとっては勝敗・試合内容による満足度が試合ごとに大きく変動します。しかし、熱心な野球ファンというわけではない彼らにとって、勝敗はさほど関係がありません。そこでベイスターズは、ドメインを物理的定義から機能的定義へ(注2)と変化させ、ライバルを他球団や他のスポーツではなく娯楽全体ととらえることで、ライトな野球ファンがチームの勝ち負けとは関係なくイベントやイニング間の演出などを含めたエンターテインメントとして楽しめるような施策を考えたのです。
充実したスタジアムグルメ
常に試合が動き続けるサッカーやバスケットボールなどのスポーツとは違い、野球はワンプレーごとに間(ま)が生じるため、勝負がかかるしびれる瞬間を食事しながら観戦するというスタイルに適しています。試合が3時間を超えることも珍しくなく、ナイターでの開催が多いため、観客のアルコールやフードへのニーズが高いのです。そこで、野球にあまり興味がない人でも、スタジアムグルメで楽しめるよう工夫されています。
ビール:ベイスターズが手掛けた2種類のオリジナル醸造ビール(「ベイスターズ・エール(左)」と「ベイスターズ・ラガー」)は、180年余りの歴史を持つ『木内酒造』と地元・関内のクラフトビールブランド『横浜ベイブルーイング』によって製造されています。
カレー:ベイスターズの若手選手が生活する「青星寮(せいせいりょう)」で実際に提供されるカレーライスを「青星寮カレー」として商品化。
子どもの体力向上や健全育成に関わる取組の1つとして、2017年からは神奈川県内の小学校の給食としても提供されています。
餃子:明治27年外国人居留地(現横浜中華街)で創業し、今なお横浜の味として親しまれている老舗「江戸清」との共同開発として「ベイ餃子」が誕生し、横浜スタジアムコンコース内専用店舗にて発売されています。
本格中華料理:今年新設されたレフト側スタンド3階に、新名所「濱星樓(はますたろう)」がオープンします。横浜中華街発展会協同組合監修のもと開発した、オリジナルの本格中華メニューを楽しむことができる予定です。
当面プロ野球は無観客試合で実施されるため、ファンがハマスタでグルメを堪能できるまではもう少し時間がかかりそうです。そんな中、ハマスタで愛されている「青星寮カレー」や「ベイ餃子」をはじめとした「ベイスターズオリジナルフード」のデリバリーサービスが6月1日よりスタートしています。
ご自宅での観戦のお供に「ベイスターズオリジナルフード」はいかがでしょうか。
もちろん、球団オリジナル醸造ビールもオンラインでお求めになることができます(https://baypilsner.thebase.in/)。
魅力的なスタジアム
一塁側と三塁側のファウルゾーンに設けられた「エキサイティング・シート」、2人用の「ツイン・シート」や3人用の「トリプル・シート」、そして3~5人座れる「BOXシート」など、用途に合った様々な魅力的なシートを設置するとともに、快適なトイレ、託児所などのハード面を整備しました。
また、観客席の色をベイスターズの象徴である「横浜ブルー」に変更し、同じく「横浜ブルー」のフェンスと、「YOKOHAMA」の「Y」を模した逆三角形の照明塔は、ファンと選手が一体となって、ベイスターズの勝利を後押しする雰囲気の醸成に一役買っているのではないでしょうか。
引用:引用元サイトはこちら
ハマスタが大歓声に沸くイベント演出
ベイスターズの応援歌としても使われている市歌にて「されば港の数多かれど この横浜にまさるあらめや(この世の中に港はたくさんあるけれど、この横浜よりもすぐれた港があるだろうか、いや、ないだろう)」と歌われているだけでなく、「ハマっ子」という言葉にも象徴されるように、市民が誇りを持っている街「横浜」。夏の一大イベントと銘打ち、横浜の空高くホームランのごとく花火が打ち上げられるなど鮮やかな演出が仕掛けられているナイトゲーム「YOKOHAMA STAR☆NIGHT」では、みなとみらい線駅係員がスペシャルレプリカユニフォームを着用するなど、横浜の街が青く染まり一体となって盛り上がります。そのほかにも「YOKOHAMA GIRLS☆FESTIVAL」、「勝祭」など年間約10種類、約30試合ものイベントが開催されています。
さらにハマスタ外周には期間限定で設営されるビアガーデンやオフィシャルパフォーマンスチーム『diana(ディアーナ)』のステージイベントなどが多数企画され、試合前からヤスアキジャンプ(注3)の余韻冷めやらぬ試合後まで楽しめるよう考えられています。
グッズの「ストーリー化」
「球団の歴史」と「地元」の観点で「ストーリー」を重視しているようです。
球団の歴史の観点では、ベイスターズの前身の横浜大洋ホエールズが川崎市から横浜市に移転した当時(1978年)のマスコットキャラクター「マリンくん」を復刻しグッズ化。オールドファンだけでなく、新鮮なデザインで新しいファンの需要を獲得することに成功し、グッズの売り上げ向上に貢献しました。
地元の観点では、横浜DeNAベイスターズになってから5周年記念企画の一環として、ビジターユニフォームの胸を親会社名(DeNA)から「YOKOHAMA」に変更しました。
地域密着化を図ることで地元を盛り上げようとする姿勢からは、スポーツビジネスで大切な「ファンとチームとの価値の共創」を感じ取ることができます。「横浜に根づき、横浜と共に歩む」という思いを胸に刻んだレプリカユニフォームは飛ぶように売れたそうです
このコンセプトを踏襲し、2020年シーズンより着用する新ビジターユニフォームのコンセプトは、「より青く、より強く。」。胸に刻む「YOKOHAMA」のディティールを継承し、新生ベイスターズの力強い未来を象徴するデザインとなっています。
まとめ
ハマスタは、JR関内駅やみなとみらい線日本大通り駅から非常に近いという立地条件の良さの反面、スペースが限られ、米国のメジャーリーグの球場のような広大な敷地が必要とされる“ボールパーク(総合娯楽施設)”に進化するということは物理的に不可能でした。このトレードオフの関係を受け入れ、小さな球場のままで観客動員数を増やすために、ベイスターズは「コミュニティボールパーク化構想」を推し進めたのです。コミュニティボールパークとは、野球をきっかけに、野球が好きな人も野球を見たことがない人もいろいろな人が集い、その集った人たちが野球をきっかけとして、それまで見ず知らずだった人たちともコミュニケーションを育む、地域のランドマークです。
ショッピングからスタートして、オークション、モバイル、そしてゲームと未知の領域へ挑戦し事業を拡大してきた親会社のDeNA同様、ベイスターズもグルメ、ハード面、イベント演出、グッズ面と新たなことにチャレンジを続けてきました。当初のターゲットであるアクティブサラリーマンだけでなく、家族や同僚なども満足する企画を立てることで「野球場=野球をきっかけに楽しめる場所」として来場しやすい環境を作り出し観客動員数を伸ばし続けてきたのです。
(注1)
STP分析とは、Segmentation(セグメンテーション)、Targeting(ターゲティング)、Positioning(ポジショニング)、それぞれの頭文字を取って名付けられた分析手法です。
セグメンテーションは、市場の細分化(顧客を同質なニーズを持っているグループに分類すること)を意味します。次にターゲティングですが、これは細分化したグループの中から、どの市場(顧客)を狙うのかを決めるものです。最後にポジショニング。これはターゲットに設定した市場における自社の立ち位置を明確にすることです。主に競合他社との差別化要因を見極めるために行います。
セグメンテーション:横浜スタジアムから1時間程度の地域に在住、横浜周辺に在勤など。
ターゲティング:30代を中心としたアクティブサラリーマン
ポジショニング:チームの勝ち負けとは関係なくイベントやイニング間の演出などを含め野球観戦をエンターテインメントとして楽しめるような施策
(注2)
物理的定義は、「モノ」を中心にドメインを発想します。例として「プロ野球団が自社の事業領域を『野球観戦』と定義する」というようなことが挙げられます。
物理的定義のデメリットとして、事業活動の展開範囲が狭くなり、現在の事業領域を超える発想が出にくいという点があげられます。
機能的定義は、「コト」「顧客のニーズ」を中心に発想します。例として「プロ野球団が自社の事業領域を『エンターテインメント』と定義するというようなことが挙げられます。
機能的定義のメリットは、事業における将来の発展可能性を感じさせるという点です。
(注3)
横浜DeNAベイスターズの守護神山崎康晃投手が登板の際、ブルペンからオープンカーでマウンドに向かうまでの間「Kernkraft400」の「ZombieNation」が流れるとスタジアム中のベイスターズファンが飛び跳ねながら「ヤ・ス・ア・キ!」とコールするお馴染みとなった入場シーンです。球場での一体感を味わうことができます。
参考資料
Number2020年3月26日号
スポーツビジネスの教科書 常識の超え方 35歳球団社長の経営メソッド(池田 純著/文芸春秋社)
引用